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吉川晃司の実家は広島の吉川旅館!名門校の修道中・高出身!

2020年6月16日(火)よりスタートした、フジテレビドラマ『探偵・由利麟太郎』での演技が渋くてかっこいいと大評判の吉川晃司さん。

テーマ曲も主演を務める吉川晃司の新曲です。メインテーマは「Brave Arrow」。エンディングテーマは「焚き火」と新曲もドラマで楽しめます。

そんな渋くてかっこいい、マルチな才能を発揮する吉川晃司さんはどんな家庭に育って、どんな学校に行っていたのでしょうか?

吉川晃司の実家は広島県

吉川晃司さんは1965年8月18日生まれで、広島県安芸郡府中町出身です。

写真:Jタウンネット広島県

吉川晃司さん出身地の府中町は広島市の中にあるので「広島のバチカン」と呼ばれているそうですよ。

吉川晃司さんは高校を中退して、プロのミュージシャンになるため東京の渡辺プロダクションに入るまで広島で過ごしました。

吉川晃司の実家は吉川旅館だった

広島の吉川旅館

吉川晃司さんの実家は、祖父母の代に吉川旅館を営んでいたそうです。

原爆ドームのすぐそばの旅館で、原爆投下1ヵ月前に旅館を譲り渡したため、難を逃れたそうです。現在は原爆ドームとなっている場所は、中島地区という住宅街で、吉川旅館があった場所でした。

もし旅館を譲っていなかったら、祖父母もいなくて吉川晃司さんもいなかったことになりますよね。

吉川晃司の実家をたどる旅

 2017年8月7日に放送されたNNNドキュメント『4400人が暮らした町~吉川晃司の原点・ヒロシマ平和公園』では吉川晃司さんが実家のあった場所をたどる旅をしています。

吉川晃司さんは地元である広島の「平和公園」を訪れました。

現在は原爆ドームとなっている場所は、中島地区という住宅街で、吉川旅館があった場所。6町に1300世帯、4400人が暮らしていたそうです。

当時の写真は「原爆資料館」にも展示されており、中には吉川晃司の祖父母が営んでいた「吉川旅館」の写真もありました。また、広島県立広島商業高等学校同窓会誌の広告の一番最後のページに「吉川旅館」の広告もあったそうです。

この「吉川旅館」で吉川晃司さんの父、吉川正俊さんは生まれ育ちました。戦時中について、吉川正俊さんは「一度疎開したが8月頃には戻ってきた」と話しています。そのため被爆することとなります。

吉川晃司さんは被爆二世として生まれ育ったのです。

そのため平和への想いは人一倍強く、歌手・俳優としての活動の原点となっているそうです。

番組の中でも吉川晃司さんはこのように話しています。

吉川晃司さんは外国人の人達など多くの人にこの場所に街があったという事を知ってもらいたかったと心境を明かす。その一方で「核兵器禁止条約」になぜ日本が不参加にしたのか戦争はまだ終わっていないと思ってしまう。

吉川晃司の父親

吉川晃司さんの父、吉川正俊さんは若い頃、京都太秦で大部屋俳優をしていたそうです。後に俳優をやめ板前や喫茶店経営やタクシー運転手・管理職などを転々としたそうです。

お父さんも俳優をされていたのですね!

吉川晃司の地元の修道高校中退

吉川晃司の修道高校時代

吉川晃司さんは広島県下の名門校、修道中学・高等学校で学んでいます。

修道中学・高等学校は中高一貫の男子校です。

大変人気のある伝統校で中学入試では、約280名の募集に対し、例年1000名前後が受験します。広島県内で最も多くの受験生を集める中学校だそうですよ。

例年、東京大学・京都大学を始め全国の難関国公立大学や早慶への進学実績も高い進学校です。

また部活動も盛んで、サッカー部・水泳部・陸上部からはぞれぞれ6名のオリンピックメダリストが出ています。陸上短距離の山縣亮太選手も修道高校出身です。

吉川晃司さんは修道高校時代水球をやっていました。世界ジュニア水球選手権大会の日本代表で、2年連続全日本高校最優秀選手に選ばれました。最年少日本代表としてイタリア・エジプト遠征にも参加したそうです。

頭も運動神経も良いのですね!

吉川晃司は修道高校を中退して芸能の道へ

吉川晃司さんは修道中学を受験した理由として「制服の袖の部分に1本の白線があり、それがカッコよかったから」と言っています。

水泳に打ち込んで素晴らしい成績を残していたため、水球の推薦で慶應義塾大学に特待生として誘われていたそうです。

しかし、佐野元春のコンサートを見て衝撃を受け音楽の道に入ることを決めたとか。芸能界への道は教師・両親・周囲から猛反対を受けたそうです。

吉川晃司の実家まとめ

吉川晃司さんの出身は広島県安芸郡府中町でした。

祖父母の代には原爆ドームのある中島地区で「吉川旅館」を経営していました。「吉川旅館」を譲った1か月後に原爆が投下されました。

吉川晃司さんのお父さんが被ばくし、吉川晃司さんも被ばく2世として育ってきました。

吉川晃司さんは修道中学・高等学校という広島の名門校に進み、水球では最優秀選手賞に輝くなど運動神経も抜群でした。その後、ミュージシャンや俳優として大活躍。

吉川晃司さんの気骨ある姿勢はこうした環境で育まれたものだったのですね。

吉川晃司さん、これからもますます唯一無二の存在感で活躍されていくことと思います。楽しみですね!

写真:映画.com